刑事裁判の手順~人定質問。被告人の身元を尋ねることから始まる~

手錠された手

刑事裁判の最初の手続き

刑事事件の公判は、冒頭手続きと呼ばれる一連の手続きからスタートします。あらかじめ双方が行う公判前整理手続きを経て争点をはっきりとさせた後、原則として公開で行われる刑事裁判は、人定質問、起訴状朗読、黙秘権の告知、被告人や弁護人の陳述へと進み、ようやく証拠調べに入るのです。

公判前整理手続きは裁判を円滑に進めるためのものですが、実際に第1回公判期日が訪れると、被告人の権利を守り、間違いのない裁判を行うため、多くの確認事項を行いながら時間をかけて裁判は進められます。

本項では、公判の最初に行われる人定質問を中心として、裁判の進め方を説明します。

冒頭手続きにおける人定質問とは?

刑事裁判は、出廷している被告人が、起訴されている被告人本人なのかを確認することから始められます。刑事裁判でも民事裁判でも裁判は決まった手順で進められていきますが、刑事裁判で最初に行われるのは人定質問と呼ばれる手続きとなります。

人定質問は、法令では刑事訴訟の実務的な手続きについて最高裁判所が定めた規則である刑事訴訟規則の第196条に定められています。

刑事訴訟規則
(人定質問)
第百九十六条 裁判長は、検察官の起訴状の朗読に先だち、被告人に対し、その人違でないことを確めるに足りる事項を問わなければならない。

典型的な法定の様子を紹介し、その流れを見てみましょう。

  1. 裁判の開廷時間が到来し、裁判官が法廷に現れて公判が開始されます。
  2. すると裁判官は、「被告人は前に」と言って、被告人を証言台に立たせます。
  3. そして被告人に対して、「氏名と生年月日は?」と尋ねます。
  4. 被告人が自分の氏名と生年月日を答えると、今度は「本籍、住居(現住所)は?」と続けて尋ね、被告人が答えます。

この人定質問で尋ねられるような個人情報は、当然ながら裁判資料に書かれていて裁判官も知っているのですが、何も見ないで氏名や生年月日、本籍、住居(現住所)を被告人が答えられることを確認し、法廷に立っているのが被告人本人であることを確かめるのです。

人定質問が持つ意味

公判の冒頭において、被告人の氏名などの個人情報を、わざわざ公開の場で確認する必要があるのか、という疑問を持つ方もいるでしょう。法定に他の人が立つことは考えられず、身代わりで公判が進められるわけもなく、人定質問に形式以上の意味があるのか、と思われがちです。

しかし過去には、被告人が別人だったという、信じられないことが起こっています。起訴された被告人に保釈許可が下りず、逮捕以来ずっと留置場や拘置所で身柄が拘束されていた場合、身代わりが法廷に立つことは不可能です。

被告人を連行してくる刑務官が誤って法廷を間違えたりしない限り、公判が行われる法廷に現れたのは実は別人だった、などという事態は絶対に起きないはずですが、日本の裁判で過去、被告人が別人だったという珍事が本当に発生したそうです。

もし人違いで裁判が進められて判決が下されてしまった場合には、その間違われた、あるいは本人だと振る舞った人に対する判決に効力が生じてしまい、この判決を覆すには再審請求を行わなくてはなりません。

保釈が認められていれば被告人は一般社会に戻っているので、公判にも例えば自宅から通うことになるため、人違いの可能性はないとは言えないのですが、裁判に臨む関係者全員が気づかないことはないはずですが、想定外のことは起こり得ると考えるのが規則というものです。裁判所では、そのような人違いなどの混乱を予防するために人定質問が行われるのです。

言い間違えたらどうする?

証言台に立ち裁判官から質問をされる被告人は、ほとんどの人が人生の中で体験することのない、裁判の法廷での証言という場面に、相当緊張していると思われます。

そんな極度の緊張状態の中で、氏名や生年月日といった、これまで何回も問われ答えてきた質問をされるのは、簡単な質問に対する答えで第一声を発することで緊張がほぐれるというメリットもあると考えられます。

しかし事実として、被告人が緊張のあまりに生年月日や本籍、現住所を間違えることは珍しくないようです。特に本籍については、最近では免許証にも記載されなくなっていることも多く、正確な本籍地がどこであるのかを忘れてしまうことは、一般人でもよくあることです。

また起訴状などの裁判資料に記載された本籍や現住所と、法廷で発言した住所に微妙な違いがあるような場合でも、それを裁判官が優しく訂正し誘導することで被告人の口調も落ち着いたものになっていくと言われています。

ドラマや映画で悪く描かれることも多いのですが、裁判官は決して被告人の敵ではなく、公平に事実を捉え、有罪か無罪か、あるいは適切な量刑を判断してくれる立場にいるのです。最初から敵対するような態度を取ってしまうと、心証を悪くしかねないので注意が必要です。

このように、裁判官と被告人の最初のやり取りである人定質問は、本来の意味はあくまでも被告人本人であることの確認に過ぎません。刑事裁判においては、欠席裁判と言われる被告人不在の審理は認められていないため、被告人が必ず出廷していることを確認するために、人定質問は行われるのです。

人定質問には必ず答えなければいけない?

人定質問では、氏名と生年月日、本籍、住居(現住所)のほか、職業も質問されます。そして被告人が社会人の場合、多くは「無職です」と答えることが多いとされています。公判での人定質問で答えを求められるのは、現在の職業です。

逮捕から初公判まで、一般的には3カ月ほどが経過しているため、仮に保釈申請が認められて一旦社会生活に戻れたとしても、普通は勤めていた会社に被告人が逮捕されたことは伝わってしまっていて、職業を失っているケースが多いのです。

会社員が刑事事件の被疑者として逮捕されてしまった場合、その時点で解雇されることは非常に多く、裁判が開かれる頃には無職になっている可能性が高いということです。自営業であれば、逮捕されたことによって職を失うケースが少ないかもしれませんが、被告人がサラリーマンであった場合、裁判で現在の職業を尋ねられ、「無職です」と答えることは苦痛以外の何物でもありません。

しかし、公判の場ではすべての事実をつまびらかにして、裁判官に判断を仰ぐという姿勢を見せることも大切ですので、弁護士のアドバイスを受けながら、人定質問に答える方が良いでしょう。

氏名不詳の被告人を裁けるのか?

日本の司法の取り決めにおいては、被疑者や被告人に黙秘権があることを認めています。つまり、もし現行犯で被疑者として逮捕された場合、ずっと氏名すら明かさず、完全黙秘を貫いていた場合、警察や検察は被疑者の氏名を特定できないことになります。

もちろん現在は、警察や検察のデータベースは充実していますので、逮捕後に拒否することができない指紋採取を行い、過去のデータと照会をかければ、前科や逮捕歴から被疑者の氏名はすぐに判明してしまいますが、もしその被疑者に前歴などのデータがなかった場合、氏名の特定ができないことも考えられます。

しかし被疑者の氏名が不明の場合は、氏名や年齢不詳のままで起訴は可能なのです。この場合には、被告人の呼称が「○○署留置管理課留置番号××番、別添写真の男」などと、身柄が拘束されている刑事施設での呼称番号で呼ばれることになります。

このような正式名称で呼ぶのは人定質問の最初だけで、実際の公判では単に「留置番号××番」と呼ばれますが、裁判官は人定質問の際に、添付された顔写真と被告人の顔を見比べることで個人を特定するのです。

黙秘権の行使について留意すべきこと

被疑者や被告人には黙秘権があり、自身に不利益となることは証言しなくても構いません。極端な例を挙げると、刑事事件の被疑者として逮捕された後、何も喋らなくても良いのです。

警察や検察の厳しい取調べを乗り越えて、自分の名前すら明かさない強靭な精神力を持った人間がいるのかと思われる方もいるかもしれませんが、本当に完全黙秘を続けて「留置番号××番」のまま裁判を受けた強者は実在し、最近では2014年に窃盗で捕まった被疑者が被告人の氏名が明らかにされないまま裁判を受けたことがあります。

もっともこの場合は、正体不明で逃亡のおそれありとされますので、逮捕後に保釈も絶対に認められませんし、裁判で有罪が確定すれば執行猶予なしの実刑も確実で、刑務所で刑期を最後まで務めることになるでしょう。

この被告人には何か信念があったのかもしれませんが、氏名すら明かさない黙秘は刑罰が重くなるだけだと思った方がいいでしょう。警察に逮捕され、何も話したくない気持ちも理解できますが、真実を語ることで晴らされる疑いもあるのです。

逮捕後に唯一、被疑者や被告人の味方となってくれる弁護士とじっくり相談し、何を明らかにして、何を黙秘するのか、黙秘権の行使には慎重に行った方が良いでしょう。

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